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【サツドラヒストリー】―21~30年目―
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【サツドラヒストリー】―21~30年目―

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みなさんこんにちは!サツドラHD公式note編集部です。

サツドラの50年の歩みを振り返る「サツドラヒストリー」。
前回は11~20年目(1982年~1991年)までをお届けしました。

今回は21~30年目(1992~2001年)を振り返っていただいたインタビューの内容をお届けします!

札幌圏以外にも出店を拡大

―創業から20年目までは札幌市内や、札幌近郊でいうと小樽に出店されていましたね。

1992年 旧サッポロドラッグストアーすすきの店オープン
現 サツドラ すすきの店
現在も同じ場所でお客さまをお出迎えし、今年で開店30周年を迎えます

―そして創業21年目の1993年に、初めての札幌圏以外として登別に出店されていますね。

旧 登別店
当時では初の150坪フリースタンディングで出店

富山睦浩会長(以下会長):
店名に”札幌”という名前が付いているから、よそ者が地方に行くと拒絶反応されるのではないか…と感じ、オープンする1週間前に、「私たちサッポロドラックストアーとは何者なのか」を理解していただくために、地域の方へ説明会を行いました。

そもそもドラッグストアとは何か?が皆さん分からない状態だったので、薬をはじめ日用消耗品・雑貨などバラエティな商品を扱っている商品構成の店がドラッグストアという業態なんです、というドラッグストアの概念のお話から、駅ビルにも出店していることなど当社の知名度なども説明し、「サッポロドラックストアーとはこういう企業です。」ということを理解してもらいました。

―そうだったのですね。そこから札幌の店舗数を増やしながら、札幌圏以外にも出店を拡大されていったのですね。

初の大型店を出店

―そして1998年には、当時初となる大型店を帯広市の白樺に出店されていますね。

会長:
当時帯広ではスーパーのダイイチさんが中心となって、商業施設の区画をそれぞれ買うかたちでした。当社もそこから買って、初めて300坪の大型店舗をオープンしました。

旧白樺店
買い物カートが広々通ることができるように
通路幅を広く設けた店内
オープン日の様子

富山光惠副会長(以下副会長):
300坪の大きな店舗を出店したのは、ひとつのステップアップでしたね。

―会社としてどんどんステップアップされていましたが、お二人は経営者であり、ご夫婦でもあり、お母さんお父さんでもある。
経営を含めて店舗の作り方や、どういうのが流行っているとか、こんな風にしたいなど、ご家庭でもよく話されていたのですか?

副会長:
家では一切仕事の話をしませんでした。四六時中仕事をしているので、家の中では仕事の話をしないようにしていましたね。

経営の面ではコミュニケーションは大変でした(笑)
会長は説明したり相談したりするタイプではないので…
なので、周りに誰がいて、どんな話をしているか聞いたり、その場の空気感を読むなどをして、会長の様子、従業員の様子、お店の様子など全部見て、それを繋ぎ合わせて私のコミュニケーションにしていました。
日頃の会話を大切にすることはもちろん、当時は社員旅行も行い、絆も深めていましたね。

社員旅行の様子

どんどん成長してくれて、先頭でやってくれる従業員の方もいてくれて、とても頼もしかったです。
従業員の人となりを感じて、色んな人を繋ぎ合わせて、それで仕事を進めていくことが…私の姿勢でした。
誰がどうしているか知らないと繋がらないため、どんな顔をして、どんな風に話していたかを気を付けて見て、それを全部繋ぎ合わせていました。
数字的なものは私がすべて把握していましたが、私から従業員の方に指示することはあまりせずに、従業員の皆さんの力を借りながらやっていましたね。

―支えてくれて、支援してくれる副会長がいてくれて、会長は安心して攻めた事業を拡大していけたのですね。

会長:
そうですね。副会長が会社のことも、店舗のことも従業員のことも守ってくれていたので、私は全国の薬局を視察しに行っていました。
100店ほど展開している大きなチェーン店を見に行ったり、30代の時は青年会議所の取組みも行ったり。色んな情報を得られたのが良かったですね。

食品97円均一をスタート

会長:
視察で得た情報をもとに、2000年から西線店を皮切りに食品97円均一コーナーを展開しました。

食品97円均一コーナー
「いつ来てもこのお値段で!」をキャチコピーに、
97円均一をPOPでアピール

―この食品均一コーナーが、今のサツドラの食品展開につながっているのですね。

会長:
本州ですと大きなチェーン店であるカワチ薬品さんなど、坪数が大きい店舗を持つドラッグストアでは食品もやっていましたが、当時北海道では、ドラックストアで食品やっているところがありませんでしたね。

食品97円均一を始めるきっかけは、「他社との差別化を図りたい」と思ったことです。西線店オープンの際に、同時期に競合店が近くにオープンする情報が入りました。競合店とは違う、当社ならではの何か特徴を出せないか、と考え、薬以外の食品をやろうと決意しました。

食品の品揃えに関してはスーパーにかなわないので商品数を絞り、かつ当時100円均一のお店が人気だったので、価格を分かりやすく消費税込100円になる97円均一にして食品を展開しました。商品集めするのは大変でしたが、販売が始まるとお客さまからも好評をいただけて、だんだん商品の品揃えも増やすことができるようになりました。何年かやっていたら、スーパーで真似し始めるところもありましたね。
食品の販売がお客さまに認知されるようになってきたので、97円均一だけなら限られた食品しか扱うことができないので、そのあとから価格の幅を広げて普通の食品も扱うようになりました。

そして、西線店オープンの同年、稚内にも約150坪の店舗を出店しました。
稚内は西條デパートさんが買い物拠点となっており、ドラックストアは当社が初出店。なので登別と同様に地域の方へ説明会を行ったり、チラシを配布してドラッグストアとは何か、を知ってもらうところから始めました。
するとオープン初日には1100~1200万円の売り上げがたちました。
入場制限をするくらい、多くのお客さまでにぎわったんです。
この初日売上額は、今でもやぶられていないですね。

オープン初日の稚内店の様子
店舗の奥の列までお客さまの列ができました
稚内の地域ラジオ「FMわっぴー」が取材に来てくださり、
店長自ら出演しオープン情報を発信!

―1日で1000万円超え!す、すごいですね・・・!写真から見ても大盛況だった様子がわかります。そして30周年を迎えられたのですね。

2002年 創業30周年パーティーの様子

――次回31年目~40年目のヒストリーに続きます。

最後までお読みいただきありがとうございました!
次回のヒストリーをお楽しみに。

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「地域をつなぎ、日本を未来へ。」をコンセプトに掲げるサツドラホールディングス株式会社の公式note。日々取り組んでいることや想い、将来のビジョンなどサツドラグループのヒト・モノ・コトに込められた想いを、サツドラグループで働く皆で発信しています。